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2016.05.18 Wednesday

アイアンキング二〇一六

 放っておくと一年も百年も一瞬で過ぎてしまいます。何かを始めるたび、いちいち心機一転決意を新たにする暇などなさそうです。同様に、過去を消すのも面倒臭い。と言いますか、あらゆる場所にキャッシュが残っている限り、最早自分の影から逃げることなど不可能なのではありますまいか。そう、二十一世紀、情報だけが高度化されたディストピアにおいては、カンボジアの地雷原か南極の大氷河を歩くがごとく、石橋叩き棒でもって目の前の地面を確かめ続ける以外に負い目から逃げる術はないのでありましょう。それか森に入る。
 ディストピアSFの多くが森に消え行く主人公の後ろ姿で終わるのは、人界の理が及ばない土地がある事を意味します。太古の昔からそうです。山岳や河川が信仰の対象として畏れられてきたのは、富士山や神奈川(神を大いに示す川)の例から明らかなのに対し、森は常に恐れの対象でした。長老樹に注連縄が巻かれるケースこそあれ、彼を取り巻く樹々の下は、昼間から日光が遮られ、夜も星月の支配が及ばない密室です。富士の裾野に広がる森を樹海と呼ぶのも、板子一枚下は地獄の荒海と変わりなく、心底恐れられた証左でしょう。
 森の話はさておいて、懲りずにウェブログなど再稼働しました。前のデータは消しましたが、テンプレートなどは作り直すほど大した物でもないので流用します。タイトルは少し変えました。見れば分かるだろう。で、何に懲りないのかは皆様の胸に訊いてみなさい。きっと夢や希望や未来や怨念や溶融した炉心が止めどなく溢れてくるよ。
 冒頭に百年と書いたのは、二〇四五年問題と関係しています。これは同年辺りに人工知能が人類の知能を超えてしまう可能性を危惧する話です。科学者や支配階級の方々は、どうも人類が地球で一番知的と思いたがるようで、そもそも蟲や猫より我々毛のない猿が高等な根拠など何処にもないのに、一位の座から転げ落ちる事を何とか避けようと四苦八苦しています。
 仮に人工知能が人間に勝ったとして、何の問題が生ずるのかキリコにはよく分かりません。そうなれば人類は知性をディヴェロップメントに向けなくて良いのだからリソースはインクリーズしてソリューションも沢山生み出せるのではないでしょうか。キリコに関して言えば、日常の何やかやを人工知能丸さんに受け持ってもらって、小説やウェブログを書いたりスプラトゥーンを頑張ったり出来て非常に嬉しい。更に進んで肉体から解放され、人工知能丸さんの庇護の元、情報空間で読書や惰眠を貪れたら最高です。そこでは時間空間が意味を為さず、全ては擬似的自我の中で最小単位の神格と化すでしょう。
 まあ全部が全部投げっ放しもどうかと思いますが、何も投げず森で暮らすのもしんどいに違いありません。ですからどうか、人類を超えた人工知能さんには、情報空間から逃げた気分を味わえる森スペースも確保しておいて貰えるよう、二〇一六年からお願い申し上げる次第です。
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