2016.05.22 Sunday

二十五日は泡姫の日

 病院に行くと常に誰かが喧嘩している。大体は親子で、先に切れるのは子の方が多い。稀に親御さんから手を出す事もあるが、怒りに堪え兼ねて引っ叩くのではなくうんざりげな手付きで、拳を握ることはない。子供はいきなり殴り掛かるも顔には行かず、肩を叩いて引くに引けなくなり頑張って怒りのテンションを上げる。どちらも本当は手など上げたくはない。
 いずれにせよ、親子が殴り合うのは傍から見て非常に気まずく、制止に入るのも一苦労である。そんな訳で誰もが周り囲むように傍観し、間から看護師さんが割って入る。二人を引き離すと、親子喧嘩だから心配はいらぬ旨を繰り返し呼び掛ける。何が心配ないのかよく分からないがとにかく、周囲もそんなものかと納得の空気に変わり、仲の悪かった別の親子は決まり悪げに視線を交わす。普段はやかましい中年も、暫く腕など組んで神妙な表情を浮かべる。キリコは高鳴る胸を抑える。人様の喧嘩って、どうしてこんなにワクワクするのでしょう。
 繁華街を歩くと結構な頻度で喧嘩に出くわす。時には本当に剣呑な空気を漂わせ、警察の介入なしに収まらないものもある。そういうのは十メートルくらい離れた柱の陰から目を輝かせ観戦するが、威勢だけ良いくせに怪我をするつもりはない老人が、痰混じりの声で怒鳴り散らす喧嘩もどきは近くに寄って止めたり、からかったりする時もある。十年も昔の話である。今はもう喧嘩に関わりません。自分でもしないし、他人のに巻き込まれるのも面倒臭いからね。
 経験則から、六十台後半で現役サラリーマンか、引退して間もない辺りの爺さんはやけに好戦的というか、我を通して当然と思っている節がある。特に女性に対して横柄で、逆に自分より格上と見做すと絶対に関わらない。小市民的で実に好もしい。でっぷり太って暴力の欠片も身体に残していないのに、若い頃の武勇が今も健在と思い込む、そんな爺さんが意気がるのに出くわすと、心から応援したくなって、今の話ではないよ、昔の、しかもフィクションだけれど、例えば信号を無視して歩き出した所に「さっすが悪ですね!育ってきた環境が違うから、信号なんて規則は守っていられない!というかコンパスが長いから飛び出しちゃうんですよねえ。かっこいいなあ、はっは!(本宮ひろ志風笑い声)」なんてエールを贈ったり、道端で赤の他人を褒めまくったものである。みんな怒りながら走り去った。奥ゆかしい人ばかりだった。
 恥ずかしい武勇伝でした。
 病院の喧嘩で面倒臭いのは、気まずくなったからと言って自由にその場を立ち去れない点である。何しろ全員が全員、会計か診察を待っている。気分が悪いから席を外したいと受付に話す手もなくはない。しかし、その元凶どもがすぐ近くに座っている訳で、万一彼らから謝られてしまったら居たたまれなくて二度と病院に来られないかも知れない。そんな理由で次々に病院を変えれば、かかりつけ医を推進する政府に反抗する異分子として公安から厳しいマークを受けるのは確実だし、行き着く果ては玄界灘の孤島にそびえる矯正院か、皇居地下強制労働所くらいしかない。そこでは給料日の度に高額の覚醒剤が出回るので、患者は段々とそれ無しでは生きられなくなり、廃人と成り果てた暁には底なしの空井戸に放り込まれる。
 シャブ中毒の身体は臭く、彼らの廃棄業務など誰もやりたがらない。それを買って出る内に仲間や監視員の信頼を得て、ある日廃人を捨てに行くと見せかけ、空井戸の横穴から這い出して地上に戻った奇跡の患者が私でございます。
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